お花を咲かせ隊。

素晴らしいとは思うんだ。


 今日も今日とてパンフレット用の写真撮影やら打ち合わせやらなんやら。昨日の1件に限らず、なんともいえずにいまだに仕事上でどういう風に係長とコミュニケーションをとっていったらいいのかを測りかねている感じです。なんだろう、最低限これくらいはやれよ、という暗黙の了解的なものがどこまでのレベルなのかがさっぱりわからない、という感じ……?

 これは推察ですが、たぶん長いこといろんなところで働いておられた方だし、部下に対して何かある一定の能力を求めていらっしゃるというか、それがある前提で話をされているような気がするんですよね。普通こうだろう、的な。でもそれが私にはわからないので、これはした方がいいのか、とかこれはしなくてもいいのか、というのをひとつひとつ計っていかないといけないわけですよ。ここで報告は要りますか、とか、ここは進めていいんですか、とか。それが何かかみ合わないというか、私はこうした方がいいですか?聞いたときになんとなく「それぐらいやっとけよ」感がするというか。なんとなく私も「そうですよねこれぐらい普通やりますよねすいません」という気分になるというか。別に怒られたわけでも指摘されたわけでもないのになんか凹む、という微妙なストレスの受け方をしています。被害妄想なのかな! 言い方がそういう感じに私が聞こえちゃうだけなのかな!

 別に上司のやり方に合わせることに何の不満もないし、今まで上司がコロコロ変わってきたのでその都度上司の方針に合わせてあれこれ変えてきた自負はあるのでそれは問題ないのですが、「これが私の方針です」ではなくて「普通はこういう方針でしょう」という感じでこられている気がするんですよね。「これが私の方針です」であれば、ある程度上司にも責任が発生するというか、一緒にそういう方針でやっていきましょう、という感じなんですが、「普通はこういう方針でしょう」と言われてしまうと係長に責任はなくて「普通」に満たない私が悪い、という感じになってしまうというか。え、私が悪かったの?という気分になるというか。

 あと2週間で異動だろうとは思うのでこれを指摘するべきかどうかは置いといて、とりあえずなんとなく受けているストレスともう少し折り合いをつけていきたいなと思う所存です。もう悪夢はいい。

 さて、夕方は新しく来た部長が立ち上げた企画で、新しく整備された道路にコスモスの花を咲かせよう!というものの取材にいってきました。有志の職員が集まって耕して種まき、というものだったんですが、個人的にはこういうの、嫌いじゃないです。たぶん鼻で笑う人たちもいるんだろうけど、やらないよりはやったほうが絶対にいいと思うし、別にそれを売りにするとかそういうことではなくて、小さなことからコツコツと、的な感じで押しつけがましくないのは好感が持てます。これをスローガンに掲げて全面的に押し出して進まれるといやそんな単純な話じゃないだろ、という感じになってしまうとは思うんですけどね。

 耕す風景を撮影しながら、どうやったらじゃあみんなが意識を一つにしていろんな問題に立ち向かっていけるんだろうな、とぼんやり考えていました。正直今の組織内は縦割りもいいところで、まったくもって横のつながりはないし、正直働いている教職員も学生もいろんなことに対して他人事というか、この大学がどうあるべきか、みたいなことについては興味ないんだろうなと思うんです。それは当然だと思うし個々のメリットを追求するのは悪いことではないと思うんだけど、じゃあ大学が大学として存在しててそこに組織がある意味ってなんだろう、っていうことについて考えるのに至らないのかな、という。個人のメリットを追求するなら組織である必要なんてないわけで。でも組織であるからこそ個人のメリットが追求できるという事実をみんなに思い出してもらうにはどうすればいいんでしょうね。コスモスの花もひとつの何かであって、ただ緑化をしたいわけじゃなくて、これを職員が有志で集まって種まきをして水やりをする意味は何か、っていうことに思い当たってほしいなぁと思ったのでした。難しい。

 今日はここまで。